2012年によく聴いてた音楽を8tracksにあげてみました。
http://8tracks.com/palsy/2012

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ここから下には各々についてだらだらと書きます。

1. バンドじゃないもん! 「パヒパヒ」
年をとるにつれ新しい音楽を聴かなくなっちゃってるけど、今年新しく知って好きになった数少ないミュージシャンのうちの1つがバンもんでした。変なコンセプト、無理がありすぎるPV、などなど諸々含めて本当に素晴らしいです。誰にも文句は言わせない。

2. 後藤まりこ 「ままく」
ミドリ解散後の1つめのアルバムの中のもの。ミドリの鬱屈とした音は今も好きだけど、この曲の伸びやかさは、それよりはるかに良いなあと思いました。

3. ROVOCompass
それなりにまとまった期間おっかけてると、段々屈折した気持ちが育ってきて、ライブに行っても「かwつwいw」って態度をとってしまいがちになるけど、結局離れられない。一番こまめにライブ行ってるし。

4. Orbital 「Straight Sun」
御大復活のアルバム(になるのかな)「Wonkey」はいいアルバムでした。15年の間に音楽の趣味は結構変わったけど、やっぱり、warp、すき……。

5. tyme & Tujiko Noriko 「あけて、あけて」
これは去年8tracksに「ことし良く聴いた曲」としてあげたはずなんだけど、今年も結局よく聴いていたので、またあげます。鬱屈とした気分が何もかもどうでもよくなる瞬間って皆さんありませんか。僕にはあるけど、その感じが歌われていて、鬱屈とした気分の時によく聴いてました。

6. 川本真琴 Feat. Tiger Fake Fur 「tune」
川本真琴、2012年は38歳。2013年1月19日には39歳ですよ。でも去年の秋に風林会館でやってたライブで拝見した真琴さんマジ妖精でした。あの可愛さをなんと讃えればよいのかわかりません。近くで見たら案外小じわとか見えるかもしれない。ああ確かに40直前だなと思うかもしれない。でもそんなことはどうでもいいんだよ。

7. 七尾旅人 「アブラカタブラ」
旅人のアルバム「リトルメロディ」は全曲はずれなしだった。震災以降もがくように行われてきた色々な活動の集大成なんだなあ、ということが、聴いていてとても納得できました。このアルバムの中では「サーカスナイト」とかもすごく好きなんだけど、8tracksには旅人のズッ友ユザーンが参加してるこれをあげときます。

8. yanokami「曇り空」
しんみりします。

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来週引っ越すのでCDを片付けているのだけど、ジャケットを眺めていると、ああ昔のおれは結構必死に音楽聴いてたなあと他人事のように思った。今はそういうこともない。8tracksに上げる曲を決めようと、今年の再生履歴を漁ってみたものの、今年見つけたグッとくるアルバムが8枚に満たないことに気付いて愕然とした。えー、8tracks埋まらないじゃん。必死で音楽を聴かざるを得ない生活が果たして充実した生活だと言えるかどうかはわからんけど、もう必死で音楽を聴くことはないのかなあ、こうやってじわじわ老いるのかなあ、それは寂しいなあ、まあでも1年かけて7枚グッとくるアルバムが見つかったんなら上出来だと思っといた方がいいのかなあ。と考えながら片付けは進みません。

正月に、ここ15年で一番というレベルまで肥えてしまったので、細々とダイエットを開始した。そしたら2ヶ月で一応4キロ減ったので、これを機会に自慢しておきたい……!

やってることは基本的には筋トレと食事制限なんだけど、それに加えてここ2ヶ月はプロテイン飲んでる。それがいい方向に効いてるのかもしれない。

ザバス(SAVAS) ウェイトダウン ヨーグルト味 1.2 kg

ザバス(SAVAS) ウェイトダウン ヨーグルト味 1.2 kg

プロテインそれ自体の効き目があったのかどうかは正直よくわからない。でも、このプロテイン、味が意外とまずくない。クセはあるけれど、自分の味覚ではむしろそこそこいける部類に入る。なので、筋トレしたあとプロテイン飲むと結構充実した気分になれる。その結果[筋トレする]→[プロテイン飲む]→[風呂入る]のシーケンスがそれなりに習慣として根付いた。そういう、習慣付けの道具としては確実に役立ちましたね。習慣って大事すね。伊坂幸太郎も「人間の最大の武器は、習慣と信頼なんだ」って書いてたよね確か。
今年の目標としては、仕事で自己実現とかそういう大それたものではなく、腹筋を割るとかそういうささやかな幸せを狙っていきたい。

お昼ごろ、たまたまテレビをつけたら震災特集だった。3月11日の出来事の検証をする内容だったんだけど、確か

  • 津波速報で知らされた波高が小さかったので、避難場所の選び方を誤った。正しい波高がわかっていれば適切に避難して助かっていた人がいた。
  • 震災発生当初はマグニチュードの見積が小さかったので、小さめに波高予測を出してしまった。津波警報は、揺れ発生後3分で出さないといけないが、その間にマグニチュード震源を見極めて性格な波高予測を出すのは技術的にむり

とかそんな内容だった。で、なんでこんなことになっちゃったんだー、という被災者の声が流れる。
この手の検証を見てると、なんとなく鬱屈とした気分になる。ここから特にオチもなんもない話が続きます。
「あの時こうしてれば」って検証って、個人的には、死んだ子の歳を数えるような行為に見えなくもない。その検証の結果は、次の災害への備えとして生かされるためにあると思うんだけど、「あの時ああなったのは、あいつのせいだ」っていう悪者探しにつながることも往々にしてある。実際、今日見た検証番組でも、波高予測の甘さを責めるかのような論調に見えた。それは死んだ子の歳を数えるようなとても非生産的な行為なのでやめるべきなんだと思う。検証活動は、未来のためだけにあってほしいなあと思う。
でも死んだ子の歳をどうしても数えてしまう、人々の感情はなかったことにはならないんだよねえ。納得、いかないよねえ。おれだって、大事な人が死んでしまったら「どうして死んだんだ」「誰のせいだ」っていつまでもいつまでも悶々と考えるに決まってる。誰かのせいにしてしまえるなら、して、心の安定を保とうとすると思う。
だいたい、こういうことを考えてると、結果「世の中にはどうにもならないことがたくさんあるんだなあ」という諦念に逃げて終わるのが自分のいつものパターン。少しでも多くの人が納得しながら、少しでも物事まともな方向に進んでくれればいいんだけどね。

ところでアクセス解析を見てみると、今の時代にもアンテナ経由で読んでくださる人がいらっしゃるようで、ありがたいなあと思っております。自分はもうアンテナなんて全然使ってなくて、専らLivedoorReader開いてる。そのほうが便利だから……。

webにだらだらと文章をあげることを趣味にしていた頃にもそれなりに文章について思索していたと記憶しているけど、おかねが絡む今の方がはるかに苦労してますねやっぱり。追い詰められないと努力できないんだろうなあ、わし。

確か学生の頃に読んだ「日本語の作文技術」、読み返してみたら、内容ほとんど忘れてて身にもついてなかったことに気付いた。愕然とするわあ。

日本語の作文技術 (朝日文庫)

日本語の作文技術 (朝日文庫)

とにかく、読み手に誤解を与えない明確な文書を日常的に書く必要に迫られているので、色々もがいてみてる。でもむずかしいものです。いい文章は、たぶん、なんとなくだらだらと選ばれた表現じゃなくて「こう書かないと伝えられない」という必然性を持った表現からなるんだろうなあ、と思い始めてきたけれど、そういうなんとなくの表現からなかなか抜けだせていない。プロには、そういう風に書いた箇所がばれるんだろうな。もっと気を遣って書かないといけない。でも、気を遣うべき箇所も把握できていないし、気の遣いかたも理解できていないなあ……日本語むずかしいすなあ。
この本の中では、「読点の打ち方」に関して書かれている箇所が即戦力で役立ってる。読点を打つにあたって守るべき指針が明快に書かれてる。なんで覚えてなかったんだろう。指針があると、文章を書く時にすごく気楽になる。ここに打つべきだろうか?ここは省くべきだろうか?と悩むエネルギーを節約できてよいですね。